私自身、数年前から選ぶ食器や靴に変化が表れ、服もしかりで20代であれば難なく着こなせた上下の組み合わせがしっくりこなくなってきた。特に20代後半は鏡の前に立っては首を傾げることも多くあった。私たちは人生の幾度かに自身の佇まいや生き方を見直す機会がある。今回のお洋服はそんな一着である。少女が女性に変化する時の捨てられない一着だ。
2000年に購入されたこのスカートは着用者のSさんが15歳の時購入したものだ(写真1~6)。スカートは当時、中高生に人気のあったMILKというブランドのものだ。Sさんの実家のある三重県伊勢市に唯一MILKを置いているセレクトショップがあり、そこで購入した。MILKは1970年に設立された最も古いロリータファッションのブランドだ。70年代、80年代に人気があったが当時はまだ「ロリータ」というジャンルが存在していなかったようで、雑誌「Olive」に取り上げられていたことから「オリーブ少女」と呼ばれていた(注1)。その後、1990年代にGLAYやLUNA SEAといったヴィジュアル系バンドが台頭し、それと平行するようにゴシックロリータファッションが流行し始める。この流れと共にMILKなどの老舗ロリータ系ブランドが再注目されたように思う。またZipperやCUTiEといった雑誌にMILKが取り上げられていたこともロリータの敷居を低くし、カジュアルにロリータスタイルを取り入れるお手本になっていたのかもしれない。Sさん自身もこれらの雑誌を通してMILKの存在を知っていた。また中学時代、地元のヤンキー友達がMILKのカタログを持っており、友人達との共通の話題にもなっていたようだ。
Sさん自身は幼い時からシャーリーテンプルというブランドの服を着ていた。このブランドはリボンやフリル、フルーツ・動物柄を多用したかわいいテイストの子ども服であった。中学生になり、ひらひらしたものも好きだけどそこから抜け出したいと思ったことが大きかったようだ。そのきっかけは中学3年頃から同世代の男子と遊ぶことが増え、自然と異性を意識し始めていったからだ。異性を意識するということは単なる自己満足の装いではいかない。彼女の着こなしのこだわりはスカートのかわいさは残しつつ、トップスにT−shirt、足もとはシューズといったカジュアルとカワイイの間をいくようなものだった。甘いだけではないスタイルが大人の一歩になっていたのかもしれない。またMILKはロリータだけれど、着こなし次第でロリータではない独特な着方が出来そうだと思った所がMILKの服を好きになった理由のようだ。Sさんのこのスカートへの入れ込みはなかなかのもので季節感は度外視し、裏地付きにも関わらずとにかく気に入っているから真夏でも着るという具合だった。犬の散歩でもこのスカートをはき、「私の犬の散歩は服を披露するためのものだった」という言葉が忘れられない。三重県の伊勢市という、決して都会ではない街でMILKのスカートをはいて闊歩する女子は大変に素敵だ。それも単にロリータで着るのではなく、自身の解釈を入れつつ着こなしている姿勢にはっとさせられる。始めの話に戻るが、女性の生き方に変化が現れた時、装いも変わっていくことが多いがその変化の舵取りは意外に難しい。雑誌を真似するだけでは服に着られてしまう。自分の着こなしにしていくには知性と感性を働かせなければならず、Sさんは中学生からそのレッスンが出来ていたように思う。
今のSさんは白シャツをさらっと着る、遊び心と大人の佇まいをもった素敵な女性だ。チェックのスカートを見せていただいた時は今の彼女とは距離があり少しビックリしたが、彼女の装いがここまでに至る大事な瞬間を見た気がする。誰しもが少女から大人の女性になる。着用期間は1、2年と短いものだが、彼女にとってはイニシエーションとしての捨てることの出来ない大切なスカートなのだ。
注1:雑誌「Olive」は1980年代に発行されたサブカルチャー誌。ミッション系の女子校生や帰国子女をターゲットに文化色の強い内容の雑誌だった。オリーブを象徴するものとして、フランス映画やベレー帽、古着、カフェなどがあげられる。ロシア文学の特集などもあったようで文章も今の雑誌に比べると格段に多かった。オリーブが発信するカルチャーを享受する女子たちのことを総じて「オリーブ少女」と呼ぶ。MILKが「ロリータ」とカテゴライズされる前にはこのようにひとくくりにされていたのだろうが、雑誌の名前を冠にカテゴリーが作られるというのはかなり強い影響力のあったのだろう。