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ウエディング・ドレスとコム・デ・ギャルソン(コム・デ・ギャルソン編)

Yさんがコム・デ・ギャルソン(以下ギャルソン)の服に始めて袖を通したのは1998年頃。ブランドの存在は気になっていたが、洋服を買い始めたきっかけは2つの出来事に由来する。1つ目は図書館で借りたイラストレーター大橋歩(注1)さんの本にギャルソンの服が登場していたこと。2つ目は雑誌ミセスにオーデコロンの紹介記事があり、その香水に興味をもったこと。大橋さんの絵と香水が生み出す世界感を発端に、京都高島屋のギャルソン(※)に足を運んだ事が着用歴の始まりだった。

 

始めてギャルソンの服を見た時、「昔の、なつかしい生地感だけど、形がすごく斬新!」と衝撃を受けたそうだ。Yさんとお話していてとても面白かったのはギャルソンの生地を「昔の生地みたい」「生地がしっかりしている」と素材についての言及が目立ったことだ。ギャルソンといえば形やコンセプトに意識がいきがちだが(注2)、ここまで素材の面白さを話してくれる方はいなかったのでとても興味深かった。気になるのは「昔の生地」というのが、一体どれくらいの時期を指すのかだ。Yさんは1954年生まれ。彼女にとっての昔の生地というのは、Yさんのお母さんが着ていた洋服や幼い時に仕立ててもらった服を指している。当時、母親は紳士物のシックな生地を使ったお誂えのワンピースを。Yさんはお姉さんとお揃いのコートを着ていたことを覚えているという。そのコートは大人用のしっかりした生地で仕立ててもらっていたそうだ。色はネイビーなど落ち着いた物が多かったようで、子どものころから手作りの衣服にふれてきたことが分かる。

 

2001年、Yさんが生地に抱いていた「懐かしさ」の謎が解ける瞬間が訪れる。NHKで放送されたギャルソンのドキュメンタリー番組『NHKスペシャル 世界は彼女の何を評価したのか』での放送内容だ。番組中に古い織機でコレクション生地を織っている映像が流れる。Yさんはそれを見た時、昔から使われ続けている織機を通して生み出される生地に、自分の母親が着ていた衣服や仕立ててもらった生地感が重ね合わさったようだ。現代で使われる織機の多くは高速織機と言って1日に200mは織る織機を使っている。緯(よこいと)を手で通していた時代から機械になり、最近では空気や水の圧力を利用して緯を通す。Yさんが幼い時に着ていた生地は、古い織機独特のゆっくりした速度で織り上げるどこか柔らかな風合いの生地だったと思われる。製品になった衣服からは具体的にどんな織り機を使っているかは分からない。しかし生地自体から発せられる触感・質感を肌が感じ取り、今でも古い織機を使って織られているギャルソンの生地を「昔の生地(のような)」という言葉で自然と表現したように思う。身体が生地感を覚えているということ自体がとても興味深い。

 

ギャルソンにはいくつものラインが存在しており、それぞれに特徴がある。ブランドを象徴するコム・デ・ギャルソンのラインは毎シーズン、パリ・コレクションで発表され、その年々のテーマをデザインに強く反映させる最もデザイン性の強いラインだ。他には社内デザイナーの栗原たおが手掛けるトリコ・コム・デ・ギャルソンやメンズラインのコム・デ・ギャルソン オムプリュス、お財布のライン ウォレット コム・デ・ギャルソンなど、20ほどのラインが存在する。

Yさんはその中でもローブ ド シャンブル(現コムデギャルソン コムデギャルソン、以下ローブ)というラインを着ていた。コレクションラインは強すぎて自分が負けてしまうらしい。ローブはギャルソンの中でも普段着として提案されたラインで日常的に着やすい。旦那さんのお仕事の関係で会議に出る事が多かった時期はローブの黒いウールのジャケットにロングのプリーツスカート(写真1、2、3、4)をはいて出席していた。他の女性は至って普通のスーツの中、1人目立っていたという。Yさんがギャルソンの洋服に引かれる理由はベーシックな素材、しかし形は意表をつく所。そして、着こなし次第で格好良くもなり、変に甘くなり過ぎず、清々しい女性らしさが感じられる所だと言う。年齢を重ねるにつれ、長いスカートやワイドパンツなどは足下がもたつき、着用しなくなった。ここ最近はギャルソンを買うことは無くなったという。数十着にもおよぶ沢山のギャルソンのお洋服を見せていただき、最後に「それでも、捨てずに残していたのはどうしてですか?」と尋ねると、「結局はそんな女性(格好良くて清々しい女性)になりたい、という思いからとっておいたんだと思います。」と返ってきた。

 

衣服という存在は不思議である。ただの身体保護のためといえばそれまでだが、時に我が身を忘れて一つのブランドやデザイナーの打ち出す世界観にのめりこむことがある。特にギャルソンの場合はデザイナー川久保玲の存在と影響力が強い。常に新しい=今までにない衣服を生み出そうとする姿勢には何者にも捕われようとしない、人間としての「自由」への渇望とその実践が垣間見れる。

Yさんは「ギャルソンは(着ていて)たのしいです。」とおっしゃっていた。きっとギャルソンを纏った時、川久保玲が生み出す自由な女性に近づいた瞬間なのではないだろうか。

 

注1:大橋歩は1940年生まれのイラストレーター。雑誌「平凡パンチ」の表紙を創刊当時から1971年まで手掛ける。ファッションイラストレーションや村上春樹の挿絵(村上ラヂオ)、自身が企画・取材した雑誌Arneの創刊など仕事は多岐にわたる。

 

注2:コム・デ・ギャルソンはパリコレクションでシーズンごとにテーマを決めて新作を発表している。1997年春夏に発表されたBody-Meets Dress,Dress Meets Bodyは衣服にコブ状の固まりがついたコレクションだった。その形は衣服として美しいのかどうかも分からなくなってしまうような形態であった。ギャルソンの衣服は一般社会に認知されている美しいとか可愛いを越えて、これも美しさなのではないだろうか、という物の見方や在り方を提示してくる。そのような意味で形やコンセプトにおのずと注目がいくブランドである。

 

※現在、京都高島屋にはコム・デ・ギャルソン コム・デ・ギャルソン の店舗は入っていません。

写真1 ラペルの合わせがバストラインより4、5cm上にある。首元の空きが少ないことでかっちりした印象に。Mサイズだが肩幅は小さめに作られていた。
写真2 このスーツのポイントはウエストから下部分のフレアにある。前後共に切り替え線でフレアが入る。トップのかっちりした印象をフレアの流れやボリュームで軽やかに見せている。
写真3 ウールのプリーツスカート。
写真4 今はなきローブドシャンブル。
始めてローブ時代のお洋服を沢山見せてもらった。