久しぶりに箪笥の整理をしていると、自分でもびっくりしてしまうような服に出会う時がある。今の自分なら着ないであろうデザインや素材の服だ。人生におけるライフスタイルの変化は自分が思っている以上にチョイスする衣服に変化をもたらす。
今回お洋服を収集させていただいたKさんもまさしくその人であった。Kさんは10代に着用していたお洋服から現在に至まで、かなりの量のお洋服を残されており、それらを見ることは彼女の人生を辿るようなものでもあった。収集させていただいたお洋服と共にKさんの人生をほんの少し、垣間みてみようと思う。
今回は沢山残っているお洋服の中から捨てることの出来ないお洋服を4着収集させていただいた。まず1着目はKさんが小学校6年生の時誂えてもらったスーツである(写真1,2,3,4)。Kさんの母親世代はまだお仕立ての文化が残っており、母親が時々利用していたオーダーのお店でKさんのスーツも仕立てた。このお店は父親が勤務していた会社と同じビルに入っていたこともあり、自然と母親がオーダーするようになったようだ。スーツを誂えたことにKさんの意思はなく、中学校入学のお祝いとお店の方からの営業を断りきれなかったこと。そしてこの当時、父親が勤めていた会社のビルが高速道路建設のために立ち退きにあい、お店の方とお別れすることになったことも影響している。大切な節目が重なってのお誂えだったということだ。Kさんにとってこのスーツの着用記憶はあまりなく、覚えているものでも親戚との食事会や百貨店での買い物に着て行くなどとても限られたものだった。それでも捨てることが出来なかったのは人生で初めて誂えた服であったということ、仕立ててくれた家族への想い、またお世話になった仕立て屋さんとの思い出が残っていたからだろう。
2着目は大学時代に自身で作ったベルベットのワンピースだ(写真5)。Kさんは1979年、大学3年生の時に学生結婚をした。結婚してから実家から大学に通うよりも通学距離が近くなり、自由になる時間も増えた時期だった。もともとお洋服が大好きだったこともあり、空いた時間で大学4年生の頃から洋裁教室に通い出すようになる。そこで基本的な縫製方法を学び幾つか自作の洋服を作っていった。このワンピースはパーティーに着ていけるような服がほしくて作った一着だそうだ。こちらも着用回数は数回で大学の謝恩会に着ていったのを覚えているとおっしゃっていた。デザインは当時流行っていたピンクハウスのパターンを基に作られた。完全にピンクハウス調にしてしまうと可愛すぎて自分らしくないこともあり、シルエットとローウエストのデザインをそのままに黒一色でシンプルにまとめ大人っぽさと可愛さのあるワンピースに仕立てた。ベルベットの縫製は生地の中でもかなり難しいが、つれた所もなく縫えている。裏をみると、切り躾がまだ残っていた(写真6)。細かい所はあまり気にせず、完成したことの喜びが勝り、このまま大学の謝恩会に着ていったことを想像するととても微笑ましいと思ってしまった。
この頃のKさんの写真を見てみると、結婚したての初々しい姿を見ることが出来る(写真7)。Kさん自身も奥さんになった、という意識をもっており服も上品でコンサバティブなものを選んで着ていた。大学卒業後は染織を学ぶために美術大学に入り直し、制作に勤しむことになる。美大卒業後1986年から小林正和というファイバーアートの作家が企画した商品を販売するお店をはじめ、その2年後の1988年には日本でも珍しいテキスタイル専門のギャラリーを始めた。海外から作家を召還して展示を行うこともあり、当時の展覧会の資料を見せていただいたが今見ても尖っており、勢いを感じる作品が多くあった。ギャラリーは開廊当時から内装にほぼ変化のない真っ白な空間が特徴だ。この頃からKさんはほぼ黒色の服しか着なくなる。ギャラリーに似合う服、となると自然とそうなっていったようでコム・デ・ギャルソンやヨウジヤマモトを多く着ていた。3着目の収集はこの時代に着ていたコム・デ・ギャルソンのオーバーサイズのトップスだ(写真8,9)。1984年に発表されたシリーズで布の中で身体が自由に動けるほどのゆとりをもった服だ。私も収集後に着用してみたが、こんなにゆとりの多い大きめの服を纏うのは久しぶりで、なんだか自分が小さくなった気持ちがしたし、締め付けることのない服はある意味とても自由な気持ちになった。1980年代は身体に沿ったシルエットが流行した時代で、その中このような逆行する衣服を作り発表したことは西洋人からみると信じがたかったのではないだろうか。Kさんはコム・デ・ギャルソンの挑戦する姿勢が好きだとおっしゃっていた。それはギャラリーを始めた時のKさんの姿勢と共通しているように思えた。
そして4着目は1998年に発表されたジュンヤ ワタナベ コム・デ・ギャルソンのニットワンピースだ(写真10)。筒状のワンピースにワイヤーが貫通しているコレクションでこのデザインを見た時、Kさんはなんて凄いアイディアなのだろう!と感動したという。アクセサリーのように首からそのままの状態で着用しても良いし、腕を通し胴体の方に巻くような形で着ることも出来る(写真11,12)。アクセサリーと服が一体化したようなコレクションだ。こちらも着てみると、今まで味わったことのない気持ちになった。ワイヤーの位置で襟元や全体の印象が随分変わる。まるで自分が彫刻にでもなったような気分だ。それくらい形が強い。今まで見たことのない服で同時に鏡を見ると出会ったことのない自分が存在していて、でもそれが1つの美しさの形だと認めることが出来る衣服であった。見ているだけと着るのでは全く違う。やはり、服は体感してはじめてリアルにそのものを感じることが出来る。私がこのニットワンピースから感じた見たことのない形の美しさをKさんも体感していたのだろうか。
10代の頃に着ていたお洋服や当時の写真、大学時代から現在に至まで沢山の服を見せていただいた。年齢やライフスタイルで着ているお洋服に変化が生じるのは当然のことではあるが、Kさんは衣服を着ることが本当に好きな方なのだとお洋服を見せていただいて強く思った。感動したものを身に纏うことで自分自身が心から人生を楽しんでいるように見えたし、同時にそれらを生み出したデザイナーへのリスペクトを強く感じた。また結婚当時のコンサバティブから現在のスタイルの変化に驚いたがよくよく話を聞くと色彩や差し色の入れ方に共通点があったりと根本にある好みは全くぶれていない。生き方や生きる姿勢は少なからず表層に現れる。尖った、挑戦する姿勢を忘れないカッコいい女性のままKさんはきっと年を重ねるのだろう。