手に抱えた時、ずっしりと重たさを感じる服。そして頑なにしっかりと作られているというのがこの服の第一印象だ。
今回収集させていただいたお洋服は75年前に仕立てられたジャケットで(写真1)もともとは着用者Yさんの祖父のものだった。職業軍人で満州勤務の際、北京で誂えたジャケットのようだ(写真2)。終戦時には食べ物にも着るものにも困るような状況で着るものがなかった祖母がこのジャケットを自分のサイズに誂え直し着用していた。Yさんが大学生になった頃、実家に戻った時に箪笥の奥からこのジャケットを見つけ祖母から譲りうけた。祖母はこの頃にはジャケットを着ることはなかったようだが、着なくなっても大切に保管していたのは戦中戦後の大変な時期を共に過ごした思い入れのある一着だったからかもしれない。
孫の手に渡り、着用者のYさんが着ていたのは大学生時代の1997年頃からだ。Yさんはこのジャケットをとても気に入っていたし、全く時代の違う服にも関わらず本人に似合っていた。ジャケットの前ボタンはYさんが自分で好みのものに付け変えたものだ(写真3,4)。このボタンもアンティークだろうか。元はメンズだったジャケットに花を添えるような可憐なボタンだ。そしてYさんには同じ大学に自分の本当の妹と思えるような存在の友人がおり、時にはお互いの洋服を交換しあう様な仲だった。友人もこのジャケットがとても似合っていて、Yさんはこの子ならあげてもいい、あげよう、と思っていた。しかし、あることがきっかけで友人とは縁が切れてしまい、それからはYさんもジャケットに袖を通すことがなくなってしまった。ジャケットにまつわるお話を聞かせていただいて、私に譲って下さった時、Yさんは最後に「あぁ、軽くなった。」と呟いた。
私が一番最初に感じた重さというのは、物質としての重さと同時に戦後を乗り越えたYさんの祖母の記憶やYさんの想いの重さもあるのかもしれないと思った。
最後に、このジャケットそのものについて。服の重量感としっかりとした作りが特徴で表地はウール、見頃の裏地はコットン、お袖はキュプラと推測される(写真5,6)。そして、もう少し見ていくとこのジャケットの持つちぐはぐな味わいが何ともなく愛おしいと思えてくる。この「ちぐはぐ」というのは「洋服というものに慣れていない手」のことだ。ラペルの返り止まりの位置から第一ボタンまでに不思議な距離があったり、ハ刺しが表に響いていたり、ポケットや裾のカーブがちょっとがたがたしていたり(写真7)。75年前というと中国のみならずアジア全体がまだ洋装化する前の時代だ。それぞれの国の民族服から洋服というまだよく分からない衣服を自分なりに一生懸命作った、という雰囲気が今でも漂っているのだ(写真8)。それが愛おしいし、なんだか私自身も初心に戻るような気持ちになる。
ジャケットを机の上に置いて、じっと見つめ触れていると無臭なのに咽ぶような古い記憶の匂いみたいなものを感じる。古い衣服で残っているものは意外と着用回数が少ない。しかし、これは日常的に沢山着られ、着用者と共にあった衣服だ。想いと記憶が沢山詰まったジャケットを見ていると簡単にしまう気になれず、今も私の脇の壁にかけている。ジャケットに目をやると、その瞬間、少しだけ時間が速度を緩めるように感じる。