「汗水たらして働いたお金でこんなに贅沢させてもらって。。当時はありがたいとは思わなかったんだけど。。」と申し訳なさそうに赤いドレスを見つめるYさん。1978年、着用者のYさんが結婚式のお色直しのためにが仕立てたドレスだ(写真1)。膝下丈のワンピースとロングのワンピースがセットになったデザインで当時流行っていたレース生地を使用して作られた(写真2、3)。新宿の伊勢丹で仕立てたもので、購入してくれた父親と一緒に生地を選んだ。結婚式の写真を見せてくれながら「こんな顔をしてますけど、お洋服は一緒に見てくれていたりしたんですよ」と、お話を聞かせてくれる。自身の結婚式を含め、3回しか袖を通していないドレスは、新品のように綺麗な状態で保管されていた。今でこそウエディングドレスを仕立てるというと贅沢な気がするが、当時はドレスを仕立てる人は多かったようだ。普段着やお出かけ着など、まだ仕立てる文化が残っている時代だったのでドレスを誂えるというのは格別珍しいことではなかったのかもしれない。
1978年にお誂えのドレスがどのようにして作られたか。当時の伊勢丹の仕立て方法は店内にドレスが沢山並んでおり、その中から気に入ったデザインを選んだり、雑誌から希望のデザインを伝え、それを元に制作していたようだ(写真4)。Yさんは雑誌でワンピースとロングのワンピーススカートがセットになったデザインを見て、今後も使えそうと思い同型でデザインを依頼した。縫製はとても丁寧でレースの裏にはチュール生地を使って、すべて裏打ちされていた(写真5、注1)。また裾に関してはすべて手まつりを施してあった(写真6)。結婚式の写真を見ているとYさんの友人はみなフルレングスのドレスを着ている(写真7)。この時代の結婚式の出席スタイルは、ロングのドレスが主流だったようで、Yさんの赤いドレスもご友人の結婚式に着て行ったという。
しかしインタヴュー中、Yさんは贅沢させてもらって本当に申し訳ないと何度となくおっしゃっていた。仕立てさせてくれた父親への感謝の気持ちともう誰も袖を通す事がないであろうドレスに、行き場のない気持ちをつのらせているように見えた。このように限られた機会にしか着ることが出来ない衣服は、場合によってはその後のケアも重要になると思った。今回は私がドレスを「収集する」という形でYさんの思いも受け止めることが出来たらと思う。また誰かにとって大切であった衣服が、着用という目的から離れた所でも、いつか何らか価値のあるものになってくれればと願うのだ。それが100年後でも200年後でも。
Yさんからは他にも沢山衣服を見せてもらったが、とても嬉しい出会いがあった。1998年頃から着始めたというコム・デ・ギャルソン(注2)のお洋服だ。2着程収集させていただいたお話は後編に続く。
注1:裏打ちとは生地の裏面に別布を当て、シルエットを保ったり、縫い目が表に出てほしくない時などに行う縫製上のテクニック。表地の生地によって裏打ち布は変化する。今回の場合はレースという透ける生地の特性上、チュールが用いられる。
注2:1973年設立の日本のファッションブランド。同じものは作らないことを鉄則に新しい服作りの姿勢を示し続けている。